良いこともあれば、そうでないこともある。
生きていれば、いろんなことがあります。
毎日生活しているだけでも、喜んだり、憂鬱になったり。
気分の浮き沈みがあるから、人生に面白みというか深みが増すのかも。
でもできれば、上手くいきたいよね。
そんなときに出会ったジェリー・ミンチントンさんの『うまくいっている人の考え方』(訳者:弓場隆 2014/4/25 ディスカバートゥエンティワン)
気の持ちようで、ここまで変われるんだと教えてくれる指南書です。
自尊心とは
本書のテーマは、自尊心。
ここでの自尊心とは、自分を好きになり、他人と同じように自分も素晴らしい人生を想像するに値する人間だと信じる気持ちのこと。
単なるプライドのことではなくて、自分の人格や能力に幸せを感じる気持ちのことで、著者は、自尊心が人生の質を大きく左右すると主張しています。
自尊心というと、堅苦しい言葉に聞こえてどうにもイメージが付きにくいのですが、自分が判断の基準に用いる物差しに影響するといっても過言ではないものです。
そのくらい影響力の大きいもの。
私たちの多くは、生まれてから両親が作った家庭の中で育ち、保育園や幼稚園、小中学校、高校や大学から社会へ羽ばたいています。
自分で羽ばたいた人も、無理やり社会へ出ざるを得なかった人も歳を重ねて社会で過ごしています。
生まれてから初めての社会は家庭ですが、家庭内のルールや子どもを取り巻く大人の影響などで、「自分とは…」を考えたり、ふるまい方も覚えていきます。
さらに、幼稚園や小中学校と進級していけば、同世代の友達との関係性も深まり、その中で自分がどのようなふるまいを行うのかということも無意識のうちに考えます。
無意識のうちでも「自分はダメな人間なんだ」と思い込んで、生活していると、自信を持って行動することが出来なくなります。
何かを判断する際には、口コミや自分の周囲の反応なども気にしてしまい、自分自身の意思を考えることもなく、周りに合わせてしまったりします。
なんか自分の人生なのに、流されてきちゃたな~と感じるのは、自分の意志で自分の選択をして来なかったからかもしれません。
「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、幼いころに植え付けられた自尊心は根深く残ることもありますが、自分自身の考え方を修正するのは可能なこと。
大切な自分だからこそ、自分に耳を傾け、自分を尊ぶ心、自尊心を高めたいものです。
自分自身と向き合い考え方を改めていくことを続けていくと、自尊心が高まっていくのです。
本書では、自尊心を高める方法を100個紹介しています。
何番から始めてもいいし、気になったときにページを開いても良い本。
一度読んでも、また立ち返ることのでき本です。
自分を好きになるために
自分のことは自分が一番知っているはず。
私もそう思っていました。
しかし、本当に自分自身に耳を傾けているのだろうか、と疑問に思うことがあります。
仕事をしたり、家族のために食事を作ったり、時には自分が一杯いっぱいの状態にもかかわらず、自己犠牲をしながら相手のために動いていることもあります。
仕事だから、家族だから、仕方がない。
そうやって自分自身を追い詰めていることだってあるんですよね。
本当に一番大切にしなければならないのは、自分自身なはずなのに、お粗末な扱いにしてやいないか。
今一度胸に手を当てて考えてみる必要があります。
自分はこの世に唯一無二の存在。だから尊い存在。
自分自身に優しく、寛大に、労わってあげたいものですね。
仮に失敗したとしても、自分を許す。
こういった、自分に対する優しさが、失敗の原因から対策を立てたり、新たなチャレンジにしようとする気持ちにもつながります。
また、より自分を好きになるためには、自分だけの時間を持つことです。
本書での15番目にある項目なのですが、共働きで、家族のいる私にとっては平日の30分も自分の時間に使うというのはなかなかシビアなもの。
でも、24時間ある中での30分。
無理してでも、どこかで自分だけの好きなことをする時間を持つことは、自分に安らぎを与えて、他の人にも優しくなれるのかもしれません。
すぐに取り入れたい項目の一つでした。
それから、どんな出来事でも良い方に解釈する。
生きていれば嬉しいことも辛いこともあります。
物事は多方面の意味を持ちます。
例え、衝撃的な事件があったとしても、瞬時には怒りや悲しみが大きい側面の場面でも、少し時間が経つにつれ、事件の解決策や防止策のための議論が行われていきます。
きっかけは悲しみが含まれていたとしても、新たな世界を切り開くための出来事と前を向くことが大事なんですね。
より良い考え方を選ぶ
視点を変えること。
失敗という結果は、一面では損失だが、多方面から見るとメリットだったりします。
先日、かかりつけの小児科が休みで、雨の中、愚痴をこぼしながら、少し離れた小児科へバスを乗り継いで行ってきました。
雨のせいで、歩く速度も遅く、道路で滑って転倒したりして、やっと着いたバス停でバスが行ってしまったことに気が付き、落胆しながらようやくの思いでたどり着いた小児科でした。
あらかじめ電話で予約をしていたため、受付はスムーズ。
初老のおじいちゃん先生は、初めての診察にもかかわらず、優しく子どもたちに話しかけながら、症状を聞き取ってくれました。
その様子を見ていると、小児科にたどり着くまでの殺気立った道中のことなど、忘れてしまい、感謝の気持ちが芽生えてきました。
診察が終わる時には、子どもたちと一緒に「ありがとうございました」とお礼を言って帰りました。
診断結果は風邪。
そのことだけを伝えるには時間は必要なかったはず。
ベテラン先生は、私たちの切羽詰まった空気を読み取ってくれたのかもしれません。
すぐにお礼の言葉を発すると、なぜだか自分自身も気持ちが上がります。
私は、恵まれています。
少なくとも日本に生まれた時点で。
いろいろなことがあるけれど、それでも、今ある環境はすでに幸せな状態なんですよね。
水道の蛇口をひねれば水が出て、トイレで排泄後にレバーを引いたら水で流れてくれる。
この拙いブログが書けていることも、自由の証。
この幸せは、当たり前のことではないんですよね。
すでに幸せであることに気が付いて、感じていれば、幸せを楽しもうとする行動を起こせるような気がします。
幸せを感じながら、自分を大事にする。
時には、周りから嫌われることだってあるかもしれないけれど、一番重要なのは誰なのかと立ち返ると自分であるという答えに帰ってくるんですよね。
自分を大事にするから、周りも大切に思える。
そしてみんなが幸せを感じられる。
そういう循環を自分自身から作り出していけるといいなと思いました。