時代が変われども、自分の頭でちゃんと考えなくちゃいけないんだよね

思うこと

時が生きて時代になること。

否定はしないのだけれど、生きた時代に乗れないことの方が多いかも。

何がいいのか自分の頭でちゃんと考えなくちゃいけないんだよね。

これは、時代じゃなくて本来だから変えようのない事実。

節分の行事

2月3日は節分でした。

相手を理解することは、人を喜ばせることにもつながる。節分に思う『おにたのぼうし』
今日は節分。節分は立春の前日です。季節と季節の間は邪気が入りやすいことから魔除けの意味で豆を撒きます。「鬼は外、福は内」小学生の時に教科書で習った『おにたのぼうし』を読んでから、「鬼は外」が小さめの声に。あの時の絵本を思いだしながら、勝手な解釈をしてみました。

暦上で冬と春を分ける節目だから、または季節を分けるから節分。

日本では春・夏・秋・冬と4つの季節があります。

だから、本当は節分は4回あるんですよね。

立春・立夏・立秋・立冬の前の日が節分。

昔は、4回とも節分があったのかもしれませんが、今は立春の前日のみ。

おそらく、旧正月を迎えることから、立春はお正月を迎える大晦日のように邪気を払ったのかもしれませんね。

最近、民間会社が幼稚園児にアンケートを取ったそうです。

お題目は、「一年の中で、楽しみにしているイベントは?」というもの。

1位が誕生日、2位がクリスマス、3位がお正月・・ハロウィンと続きます。

子どもたちは賑やかな行事が好きですよね。

飾りつけをしたり、自分が主役になったり、主役を盛り立てたり。

節分が10位だったのは、そういう理由なのかもな。

とにかく、ニコニコと楽しいことをするのが、子どもたちって大好きなんだなぁとあらためて気づかされたアンケートでした。

年始の挨拶といえば

今年の小正月は2月1日でした。

年始の挨拶に欠かせない、年賀状。

年賀状の始まりは平安時代なんだそうです。

貴族が始めたものではないかと言われています。

ちなみに、年賀状お年玉抽選が始まったのは昭和24年なんだそうです。

お世話になった方や親族に、新年の挨拶をすることは、昔から続く習慣なんですよね。

私自身は、いつもお送りする友人たちと親戚に十数枚、送っています。

会社員時代は、職場の同僚や関連した方にはメールで挨拶をしていました。

時にハガキというローカルな媒体を作成するのが面倒だったりするのですが、頂いてみると嬉しいんですよね。

テレビで、年賀状じまいをする人が多いと見て少し寂しい気もしました。

新年の挨拶は、メールやlineで代用できるという理由からのようです。

何とも合理的。

ハガキの保管コストもかからないし、言われてみれば、そうかも。

でも、ズボラな私は、なんとなくメールもlineも送らなくなりそう。

そんな理由から、時代にあらがうというよりは、昔からの習慣を継続していくという感じでゆるく続けていきたいと思っています。

時代が変われども

体力が落ちたせいか、気力も落ちたのか、物事が面倒だなと思うこともあります。

でも、そもそも生きるって面倒なことだらけなんですよね。

年賀状が始まった平安時代も生きることは面倒だったはず。

朝起きて、暑い日も寒い日も顔を洗って、歯を磨いて。支度をしてゴミを出して。

1日の大半は面倒なこと。

無意識にパッパとできればいいのだけれど、そういうわけにもいきませんしね。

面倒なものは面倒と受け止めて、サッとやってしまう。

きっとその瞬間、瞬間が人生や時代を作っていくんでしょうね。

時代に乗り遅れることは多いのだけれど、無理して乗る必要もないし。

何がいいのか自分の頭でちゃんと考えて、自分なりに歩めればいいかな。

旧正月の松の内を過ごして考えた、あれこれでした。